触れられないもの

形がないものについて語るブログ

北風と太陽っぽい話

人の動かし方は一通りではないのよね

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先日ちょっとボランティアをしてきました。道路に立って道案内などを。まぁ地元でやっていたので道路には詳しいし郷土愛あふれる私なので簡単でした。さて、そんなボランティア中にあった「北風と太陽」っぽいお話。

横断歩道以外は渡ってはいけません。

僕はボランティアで参加してたんですが、きちんと雇われた警備員さんも道路に立っていました。無理やり道路を渡ろうとする人を止めること、通行する車に注意をうながすことなどなど。

人がたくさんいると数人が道路を無理やり渡ろうとするわけです。「道路を無理やり渡らないであっちかこっちの横断歩道を使って渡ってください!」警備員さんが注意します。それを耳にして横断歩道へ歩いて行く人がほとんどなのですが、中にはそれを無視して道路を走って渡る人も。

「道路を渡らないでください!危ないので渡らないで!!!」

それがだんだん高圧的に変わっていくんですよね。イライラする気持ちも分かるんですけど。車は断続的に通るし横断歩道をきちんと渡るほうがもちろん安全。無理やり渡ろうとする人を見つけるたびに高圧的に「渡らないで」と叫ぶ警備員さん。

おじいちゃんが怒った

ゆっくり歩いてきたおじいちゃんがいました。このあたりに初めて来たのか横断歩道の場所がわからず、警備員さんの前を渡ろうとして「ここは渡らないであっちの横断歩道を使ってください」とまた高圧的に言ったわけです。

「いや、もう少し説明の仕方もあろうもんなのに・・・」

疲れていたおじいちゃんはその高圧的な物言いに怒ってしまいました。

「なんだあの警備員は偉そうに!人をなんだと思ってるんだ!!」

ある行事を楽しみにきたおじいちゃんを怒らせちゃだめです。せっかく来たんだから心地よく帰ってほしい。「また来年も来よう」って思って帰ってほしい。

ちょっと見かねたのでおじいちゃんに声をかけました。

「おじいちゃん、ごめんねー。一人が渡るとみんな「渡っていいんだ」って思って渡っちゃうんですよー。大人なら渡れるんですけど子どもがそれ見ると飛び出しちゃうでしょ?結構この道車がスピード出すから危ないんですよー」

「そうかそうやな、子どもにそんなん見せたらあかんな。で、横断歩道はどっちにあるんや?」

「そっちやし一緒に行きましょ。あの警備員さんもずーっと同じ注意ばっかりしてイライラしてたと思うしごめんやで。仕事熱心やと思ったってな」

そんな事をいいながら横断歩道に到着したので渡ろうとすると一歩目がちょっとした段差。手を差し出したらパッと掴んでくれてうまく支えられたみたい。その手がちょっと冷たくて、きっといっぱい歩いてきたんだろうなという感じ。

横断歩道を渡り終わるところまで一緒に歩いて「そんなら僕あっち帰るわー」って。「ありがとう」っていうおじいちゃんが笑顔だったのが僕も嬉しかった。

目的が同じでも

警備員さんの仕事も僕のボランティアでやった仕事も「通行人の安全を守ること」だし、警備員さんの高圧的な言い方だけが悪いとか僕が偉いとかは別にどうでもいい。でも人になんらかの影響を与えるのであれば、その人への配慮というものは考えるべきなんじゃないかなと思うのです。

北風と太陽ってそんな話だったじゃないですか。北風をぴゅーぴゅー吹かせてコートを脱がせようとした雲。暖かくしてコートを脱がせることに成功した太陽。

横断歩道を安全に渡って欲しいならそれなりの配慮みたいなものをもう少し考えたらみんなにこやかに横断歩道を渡ってくれたのかもしれないなって。DJポリスとかもそう、言葉を巧みに扱ってみんなを「嫌な気持ちにさせることなく上手に導く」ために日々訓練されていると聞きますね。

もちろん、警備員さんの仕事を毎日していると言うことを聞かない人もいるだろうし、苦労もそれなりにあるとは思うんですが、自分の気持の持ちようで相手の気持ちっていうのは少しでも変えることが出来る、ってちょっと思ってもらえると嬉しいなぁ。

僕もそんな事を考えることが出来たので、ボランティアに参加してよかったなと思っています。